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![]() 篠田市長、りゅーとぴあ宮原支配人、金森芸術監督、Noism1,Noism2メンバー全員出席でひとりひとり名前を呼ばれ紹介されました。宮原支配人、篠田市長のあいさつの後、金森さんが4回目の更新にあたって思うこと、活動方針、今夏参加したサイトウキネンフェスの感想などを話されました。 金森さん:7年はあっという間。振り返りたくないし前を向きたい。3年の更新ごとに目標を立ててきた。1期は世界へ発信するまでになること、2期は思うように舞踊家が育っていかない現状を打破するために内側の育成強化として研修生カンパニーを作ること同時に積極的に地域に出向いてローカルな地盤を固めること、3期は大きなプロジェクトに参加すること。これからの4期は何か理由があるための活動延長ではないが世界に発信するだけでなく世界に飛び出してその時に新潟の舞踊集団=新潟の文化集団として出て行きたい。Noism1はさまざまなアーティスト集団とコラボレーションしたい。Noism1を観ると新潟のクリエイティビティーが見えると言われるくらいになりたい。地方自治体が作る団体が越境して活動し、どこへ行っても魅力を放つそんな集団を目指したい。そして新潟ではまだまだ低い認知度を高めるためにもNoism2の出前公演をたくさんやりたい。(初の県内ツアー、東北ツアーを予定中)こちらから行くだけでなく評判を聞いて呼ばれるくらいの活動をしたい。 サイトウキネンフェスの感想はいろんな意味で「小澤征爾はすごい人」だった。真正面からぶつかりプライドを傷つけられさらに上を目指す闘志が生まれた。(「ぜったいに偉くなってやる」と思ったそうです)地方都市松本でサイトウキネンフェスができるのだから同じことをNoismができるし新潟でもできるはず。新潟は舞踊の街と世界に知らしめるようになるまでNoismがあるかぎりその努力をしたい。 つづいて井関さんより参加したフェスの感想と副芸術監督としての思いを話されました。 井関:松本で自立した自分を感じられた。それまではNoism、新潟、金森穣という名を背負い、責任と義務を強く思っていた。が、その裏にはその名があるからの安心もあったことに気付いた。この7年間に与えられた経験の上でこれからは自立した自分を通して、自分を見てもらうことによって、Noismや新潟の存在がより伝わるように踊っていきたい。 ![]() 記者席からの質問で「これからの3年で地方発として挑戦したいことはありますか」 金森:東京に打って出るというのはもうしてきたこと。外のくくりに呼ばれることによって(一都市だけでなく)地方が地方とネットワークを組んで連携して力をつけたい。そのために他の地方にもカンパニーができてほしい。芸術家は元来アウトサイダー。自分も新潟出身ではなくアウトサイダーとして新潟を見た。出身ではない人も何かを感じて来てくれるような新潟の街としての魅力が外に輝くために力になれたらと思う。 「今後の公演の予定について教えてほしい」 金森:来年4月にワシントンに呼ばれている。5月はフィレンツェでサイトウキネンの海外公演に参加予定。「中国の不思議な役人」は新潟で再演したい。できれば来年の暮れくらいに新潟市の芸術祭の一環として参加させていただいて「中国の不思議な役人」で盛り上げたい。 「今年12月の「ホフマン物語」について」 金森:「ホフマン物語」は物語を導入したこと、キツイ表現がないことで幅広い人たちに観てもらえるので定期的に新潟で公演したいと思っている。去年未熟だったところを改善しさらに楽しみ易く演出に手を加えた改訂版なので楽しみにしていてほしい。 記者会見は以上です。 Noismの新しい出発の日にふさわしく、新潟ではめずらしい年に何回あるかの見事に晴れ渡った秋晴れの美しい日が重なりました。凛々しいメンバーのみなさんのお顔を拝見し、金森さんの堂々たる決意を聞かせていただき、改めて「新潟の誇りNoism」を強く感じました。(B.U) ![]() by Noism-Blog | 2011-10-20 16:31 | Comments(0)
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